71歳のカムバック

シャネルが生きた時代には、第一次世界大戦と第二次世界大戦が勃発した。そ の二つの大きなターニングポイントを彼女は彼女なりの乗り越えかたをしてい るが、1939年、第二次世界大戦が勃発されたことを機に、ピーク時には四千人 ほどもいた従業員を解雇して隠居生活に入ってしまう。彼女が56歳の年である。

それから15年後の1954年、シャネル71歳の時に、ファッション業界の最前線に カムバックを果たすことになる。その年のカムバックコレクションは人々の大 きな興味をもたらしたが酷評に終わった。「シャネルの時代は終わった」「時代 遅れ」などとなじられた彼女は、酷評した周囲に対し「みんなが時代遅れなの だと」表向きは強きに務めた。その姿勢は、彼女に微笑んだ。ヨーロッパで酷 評を受けたカムバックコレクションは、アメリカで大々的に報じられ、「彼女 の革命に大衆が目覚める時がきた」などといったような称賛を得ることとなっ た。

カムバックコレクションで彼女は、「新しい生活にあった新しいスタイル」を 提案した。第一次世界大戦、第二次世界大戦の間に社会進出をする機会を得た アメリカの女性たちが、シャネルのスタイルを求めたのだ。シャネルの復活に 湧くアメリカの様子に、フランスも動いた。世論がシャネルを称賛しはじめた のだ。彼女のカムバックは、酷評に始まったが、彼女の信念は、世界中の称賛 を勝ち取った。それはまさに、シャネルのスタイルを貫いた結果である。

「かけがえのない人間」「自立した自由な女性」彼女はその信条の元、そのスタ イルを貫き、信念の元に生き抜いた。1971年87歳でその生涯を遂げる。息を引 き取ったホテルリッツのクローゼットにはスーツが2着かかっているだけだっ た。それは、彼女が最も信頼していたお針子が仕立てた2着のシャネルスーツ であった。

生半可な生きる姿勢では成し遂げられない生涯を現役で生き抜いた彼女は、あ らゆる犠牲のもとに女性として生きる、その生き方の問いを、今尚、多くの女 性に投げかける。